ESRS-TC(ESRS-40a・旧N-ESRS)ドラフトが示す新たな選択肢──親会社・欧州子会社が今整理すべきこと

7月1日、企業開示ルールの策定機関であるEFRAG(欧州財務報告諮問グループ:European Financial Reporting Advisory Group)は、第三国企業向けサステナビリティ報告基準「ESRS-TC」(ESRS for Third-Country Groups:現ESRS-40a・旧N-ESRS)の公開草案・未承認版を公開した。
Omnibus I(オムニバス法)によるCSRD見直しを受け、第三国企業向けの報告基準にも、Mixed Approach(ミックスアプローチ)や救済措置など、企業負担の軽減を意識した内容が盛り込まれている。
欧州事業を展開する企業は、本社がESRSでグループ全体を開示・報告するのか、それとも欧州子会社がESRS-TC(旧N-ESRS)で対応するのかという戦略そのものを考えるチャンスであると捉えられる。
本稿では、ESRS-TC(現ESRS-40a・旧N-ESRS)ドラフト(7月1日時点)の概要とともに、欧州域外の第三国企業(日本など)が検討すべきポイントについて整理する。
欧州事業がある親会社が最初に考えるべきこと
ESRS-TC(旧N-ESRS)の全容が明らかになりつつある中「自社にはどのような対応が必要なのか」と検討を始める企業も多いのではないだろうか。
報告の対象となる場合は、まず求められる項目を理解することが重要である。さらに、EUにCSRDの対象となるEU子会社(平均従業員数1,000人以上、純売上高4億5,000万ユーロ以上)がある企業では、報告に関する戦略的な判断も重要となる。
親会社がESRSに基づきグループ全体として報告を行うのか、それともESRS-TC(現ESRS-40a・旧N-ESRS)を活用するのかといった選択は、サステナビリティ報告(開示)の全体方針に関わる重要な経営判断となるためである。
戦略によっては、構築すべき体制や収集すべきデータ、親会社とEU子会社の役割分担などが変わる場合もある。欧州の制度対応として求められるサステナビリティ報告(開示)は、実務だけではなく、経営戦略にも影響を及ぼすテーマとなっている。
ESRS-TC(ESRS-40a・旧N-ESRS)とは
EFRAGの7月の会議において、”N-ESRS(Non-EU:ESRS)”という名称は、”ESRS for Third-Country Groups(ESRS-TC)”という名称に変更されたことが明らかになった。本開示基準の対象となるのは、EU域内に対象となる子会社や支店があり、EU域外に最終親会社を持つ企業である。
ESRSーTCは、基本構造はESRSを踏襲しながらも、現状では第三国企業の実務負担を軽減する方向性が示された。ミックスアプローチ(「EU市場に関連するインパクト」のみに限定して報告することを認める特例措置)などが含まれており、ESRSとは異なる部分を持つことが予定されている。ただし、ESRSーTCの方向性を巡っては、EU企業との競争力への影響やグリーンウオッシングなど、懸念事項が示されており、今後も注視が必要である。
ESRS-TCの特徴は以下のとおりである。
- Mixed Approach(ミックスアプローチ)
- インパクト・マテリアリティを中心とした考え方
- 一部開示項目の救済措置
- 段階的適用
以降、ESRSとESRS-TC(旧N-ESRS)では何が異なるのか、ESRS-TCの解説をしながら、子会社の規模などパターン別にどのような開示戦略が想定されるか解説する。
自社は対象企業なのか:子会社の規模別報告パターン
第三国企業の親会社で以下を満たす企業グループがある場合、親会社は報告義務がある。
・EU域内売上高4.5億ユーロ超(2年連続)かつEU域内の子会社または支店の売上高2億ユーロ超
原則、親会社はグループ単位でのサステナビリティ報告書など、定められた基準での情報を公表することで報告義務を果たすことができる。親会社向けに開発が進められているのが、
ここで気を付けたいのが、欧州子会社の中に、平均従業員数1,000人以上 、 純売上高 4億5,000万ユーロ以上、子会社単独で報告対象になっている場合である。
この場合、対象となる大規模子会社は「ESRS(欧州サステナビリティ報告基準:European Sustainability Reporting Standards)」に基づき、他のEU域内企業同様の報告義務が発生する。
ただし、親会社が、ESRS開示基準に準拠し欧州域内の大企業並みの開示をグループ全体(連結対象)で実施すれば、子会社の報告義務はなくなる可能性があることが示唆されているので、今後の動向に留意が必要である。
※実際の報告提出・公表方法などは加盟国法に委ねられるため、進出先の制度も確認する必要がある。

出所:EFRAG資料よりESG Journal作成 本チャートはESG Journalの考えを示したものであり、最終的な適用判断は最新の法令・ガイダンスを参考にしてください。
ESRSとESRS-TC(旧N-ESRS)は何が違うのか
ESRSとは、CSRD対象のEU域内企業(および域内子会社・支店)に適用される基準で、財務マテリアリティとインパクトマテリアリティの両方(ダブルマテリアリティ)に基づく詳細な開示を求めている。
ESRS-TC(旧N-ESRS)は、EU域内で一定規模の事業を行う第三国(EU域外)親会社に適用される予定の基準で、ESRSをベースに、財務マテリアリティ(リスク・機会)関連の開示を除き、インパクト面に重点を置いた内容となる見込みである(採択は早くても2027年10月以降)。
(比較表)
| ESRS | ESRS-TC |
| ダブルマテリアリティ | インパクト・マテリアリティ中心 |
| Mixed Approachなし | Mixed Approachあり* |
| 救済措置は限定的 | 救済措置あり |
| グループ全体を対象 | EU関連を中心とした考え方も可能* |
| 保証は限定的保証から開始 | 限定的保証が必要だができない場合は説明が必要 |
*公正な表示が達成できるかどうかステークホルダーに対して問う方針として議論中
ESRSがグループ全体を対象とした包括的な開示基準である一方、N-ESRSは第三国企業の実務負担を考慮した設計となっている。
親会社がESRSに基づき開示するパターンとは
今回のドラフトでは、親会社がESRSに基づくグループ報告を実施し、一定の条件を満たす場合、EU子会社・支店によるESRS-TC(旧N-ESRS)報告を求めない考え方も示されている。ただし、親会社がESRSに基づき開示する場合には、準拠性の観点からESRSレベルでの保証を受ける必要も出てくる点には留意されたい。
なお、EU子会社は、親会社が作成した報告書の公表や保証報告書の掲載や各加盟国法に基づく提出など、公表主体としての役割を担うことになるだろう。
| パターン | 想定企業 | 開示戦略 |
| ① | 欧州売上が非常に大きい企業が複数ある | 親会社:ESRSを採用 |
| ② | Omnibus I対象企業にある子会社は限定的 | 欧州子会:ESRS、親会社:ESRS-TC |
| ③ | まだ対象外 | SSBJ・TNFDを進めながら様子を見る |
*本表はESG Journalの考えを示したものであり、最終的な適用判断は最新の法令・ガイダンスうを参考にしてください。
まとめ
ESRS-TC(現ESRS-40a旧N-ESRS)ドラフトの公表により、日本企業には新たな選択肢が示された。
重要なのは、「ESRSかESRS-TC(現ESRS-40a・旧N-ESRS)か」という二者択一ではなく、自社の事業構造や開示体制、将来の情報開示戦略を踏まえ、どの基準をどのように活用するかを考えることである。
<執筆者>

竹内愛子
国際関係学に関する修士号を取得。総合コンサルティングファームにて、システムおよび戦略コンサルティングに従事した後、Big4ファームのアドバイザリー部門にて、ガバナンス・リスクマネジメントや統合報告に関する企業向け支援に携わる。
2022年より ESG Journal にて、サステナビリティ経営の観点から、情報開示実務やそれを支えるシステム活用をテーマに、オリジナル解説およびホワイトペーパーの執筆を行っている。

