サプライチェーンエンゲージメントの実務課題とは? データ収集・質問票対応の課題と解決

サプライチェーンエンゲージメントが重要視されるようになる中、実際にサプライチェーンエンゲージメントへ取り組み始めると、多くの企業が現実的な課題に直面する。
取引先へ排出量データの提出を依頼しても回答が集まらない。海外拠点から必要なデータが届かない。顧客ごとに異なる質問票への対応に追われる‥こうした課題は、企業規模を問わず多くの実務担当者が経験しているのではないだろうか。
本稿では、サプライチェーンエンゲージメントにおいて企業が直面しやすい課題を「取引先へ要請する側」と「要請を受ける側」の両方の視点から整理し、具体的な対応策を紹介する。
サプライチェーンエンゲージメントの課題(立場別)
[図表:サプライチェーンエンゲージメントにおける主な課題]
| 立場 | 主な課題 |
| 取引先へ情報提供を依頼する企業 | データ収集、回答率向上、データ品質管理 |
| 情報提供を求められる企業 | 質問票対応、データ整備、社内体制構築 |
サプライチェーンエンゲージメントに関する課題は、企業の立場によって大きく異なる。ここからは、それぞれの立場で発生しやすい課題と実務対応について見ていこう。
取引先へ情報提供を依頼する企業の課題(どうデータを集める?)
課題① 海外取引先からのデータ収集が難しい
Scope3算定を進める企業の多くが最初に直面するのが、海外拠点や海外サプライヤーからのデータ収集。国内企業同士であれば比較的容易に情報を収集できる場合でも、国や地域が異なると、使用する単位やデータ管理方法、さらには排出量算定に対する理解度にも差が生じる。
特に、サプライチェーンが国際的に広がれば広がるほど、各国拠点から収集したデータの整合性を確保することが大きな課題となる。サプライチェーンエンゲージメントの実効性を高めるためには、まずデータ収集のルールやフォーマットを統一することが重要である。
実務対応のポイント
| 対応策 | 内容 |
| 共通フォーマットの整備、算定ルールの明確化 | データ入力様式を統一する、対象期間や単位を統一する |
| ガイドライン配布 | サプライヤー向け説明資料を整備する |
| デジタルツール活用 | データ収集業務を効率化する |
| 優先順位付け | 重要サプライヤーから段階的に対応する |
課題② 取引先の対応能力が不足している
サプライチェーンエンゲージメントを進める企業にとって、取引先の対応能力不足は避けて通れない課題である。特に中小企業では、GHG算定の経験がない、専任担当者がいない、予算やシステム投資の余力が限られるといった状況が少なくない。
こうした状況では、単にデータ提出を求めるだけでは十分な回答を得ることが難しい。企業には情報収集だけでなく、取引先の能力向上を支援する視点も求められている。
実務対応のポイント
| 対応策 | 内容 |
| 説明会の開催 | 算定方法や要求事項を共有する |
| テンプレート提供 | 回答負荷を軽減する |
| SBTi活用 | 中小企業向け支援制度を活用する |
| 段階的要求 | 初期はScope1・2から収集する |
課題③ データ品質がばらつく
データ収集が進んだとしても、その品質が統一されているとは限らない。サプライヤーによって算定方法や対象範囲が異なり、実測値と推計値が混在することも珍しくない。
Scope3算定では、排出量そのものだけでなくデータの信頼性も重要である。特に投資家や第三者保証への対応を見据える場合には、データ品質の管理が不可欠となる。
実務対応のポイント
| 対応策 | 内容 |
| データ品質基準の設定 | 必要水準を明確化する |
| 品質ラベルの付与 | 実測値・推計値を区別する |
| サプライヤー教育 | 算定ルールを共有する |
| 段階的改善 | 重要サプライヤーから優先対応する |
| 第三者保証活用 | 信頼性向上を図る |
課題④ 回答率が上がらない
サプライヤーへ質問票を送付しても、十分な回答が集まらないケースも多い。特に重要度の認識が低い企業では、依頼自体が後回しになることもある。
サプライチェーンエンゲージメントは、単なるアンケートではなく継続的な関係構築である。そのため、回答率向上にはコミュニケーション設計が重要となる。
実務対応のポイント
| 対応策 | 内容 |
| 調達部門との連携 | 要請の重要性を伝える |
| 経営層メッセージ | 取り組み方針を共有する |
| 回答負荷軽減 | 設問数を絞る |
| インセンティブ付与 | 評価や表彰制度を活用する |
| 継続対話 | 定期的なコミュニケーションを行う |
情報提供を求められる企業の課題(どう質問票に応える?)
課題① 複数の質問票・要請への対応負担
近年、多くの企業が複数の顧客から異なる形式の質問票への回答を求められている。外部評価機関、EcoVadis、顧客独自アンケートなど、同じ内容を異なるフォーマットで回答しなければならないケースも少なくない。こうした状況は担当者の負担を増やすだけでなく、回答内容の不整合を生む原因にもなっている。
実務対応のポイント
| 対応策 | 内容 |
| 回答マスター作成 | 基本情報を整理する |
| 回答履歴管理 | 過去回答を再利用する |
| 社内情報集約 | 情報源を一元管理する |
課題② データ収集体制が整備されていない
排出量算定の前提となるデータが社内各部署に分散しているケースは非常に多い。総務部門が電力使用量を管理し、生産部門が燃料使用量を管理し、購買部門が原材料データを保有していることも珍しくない。
その結果、質問票への回答時に毎回データ収集から始めることになり、大きな工数が発生する。
実務対応のポイント
| 対応策 | 内容 |
| 管理責任者設置 | 集約窓口を明確化する |
| 部門横断チーム編成 | 関係部署を巻き込む |
| データ収集フロー整備 | 業務を標準化する |
| 更新ルール策定 | 定期的な収集を行う |
| デジタル化 | 管理業務を効率化する |
課題③ 排出量は算定できるが説明できない
近年、顧客企業や投資家が求めているのは排出量そのものだけではない。排出量が増減した理由や削減目標、将来の削減計画まで説明することが求められている。
単に数値を提出するだけではなく、その背景や取り組みを説明できる体制づくりが重要になっている。
実務対応のポイント
| 対応策 | 内容 |
| 削減ロードマップ策定 | 将来計画を整理する |
| KPI管理 | 定期的にモニタリングする |
| 経営層との連携 | 方針と整合させる |
| 情報開示整備 | 社外説明力を高める |
| ストーリー化 | 数値と取り組みを結び付ける |
課題④ 顧客ごとに回答内容が異なってしまう
複数の顧客から質問票が届く中で、回答内容が微妙に異なってしまうケースも多い。排出量や削減目標などの基礎情報に不整合が生じると、顧客からの信頼性低下につながる可能性がある。今後は「正しい情報」を一元管理することが重要になる。
実務対応のポイント
| 対応策 | 内容 |
| ESGデータベース構築 | 基礎情報を一元管理する |
| 回答マスター整備 | 標準回答を作成する |
| 更新管理 | 最新データを反映する |
| 履歴管理 | 過去回答を保存する |
| レビュー体制 | 提出前確認を実施する |
まとめ
サプライチェーンエンゲージメントは、単なる質問票の配布・回収や排出量データの収集ではない。その背景には、気候変動や地政学リスクなど不確実性が高まる中で、サプライチェーン全体のレジリエンスを高めようとする企業や投資家の要請がある。実務においては、「データを集める側」と「提供する側」の双方に課題が存在するが、共通して求められるのは継続的なデータ管理と説明可能な体制の構築である。今後、Scope3開示や企業間のデータ連携が進展する中で、サプライチェーンエンゲージメントは企業の競争力を支える重要な取り組みとなっていくだろう。
参考情報:CDP:2025 CDP Supplier Engagement Leader SBT:成功事例のケーススタディ 環境省:サプライヤーエンゲージメント事例集
>>>サプライチェーン全体で進む排出量管理──Scope3開示と企業間連携を解説
ESG Journalでは、実務に役立つポイントや実践ガイド(テンプレート)を紹介しています!サステナビリティ経営においてサプライチェーン管理が重要になりつつあります。ぜひこの機会に自社の対応状況を再確認してください。
🌍サプライチェーン管理に関連する実務解説はこちら>>>「EcoVadisスコアはなぜ求められるのか ー 評価の仕組み・実務対応・活用ポイント解説 ー」
<執筆者>

竹内愛子
国際関係学に関する修士号を取得。総合コンサルティングファームにて、システムおよび戦略コンサルティングに従事した後、Big4ファームのアドバイザリー部門にて、ガバナンス・リスクマネジメントや統合報告に関する企業向け支援に携わる。
2022年より ESG Journal にて、サステナビリティ経営の観点から、情報開示実務やそれを支えるシステム活用をテーマに、オリジナル解説およびホワイトペーパーの執筆を行っている。

