【2026年最新】人権デュー・ディリジェンスの規制動向とは?CSDDD確定後の実務対応

アパレル大手のファーストリテイリングが今年、人権に関わる監査の仕組みを大きく見直し厳格化した。日経新聞によると、同社は取引先工場の労働環境を独自に調査し、違法就労などを正確に把握するため、行動規範に基づく約300の共通項目に加え、国・地域ごとの固有リスクを反映した項目を設定した。各国の事情に応じた独自の監査を、国内外700超の工場に導入したという。先行導入した28工場が取引見直しの対象となり、うち3工場とは取引を終了した。

なぜ、日本を代表するアパレル企業がここまで踏み込むのか?

背景にあるのは、欧州で2029年までにサプライチェーンの人権管理が一段と強化されるという、規制環境の変化ではないだろうか。この動きは実際、EUに拠点を持たない企業にとっても無縁ではない。

本コラムでは、近年の規制変化と国内外動向を整理し、実務担当者が今年から特に意識すべき実務ポイントを解説する。

人権デュー・ディリジェンスの基礎と過去の海外事例をサクッと読めるコラム(2024年)はこちら>>>【さくっと読める】人権DDとは何をするのか。海外の事例付。 – ESG Journal

人権デュー・ディリジェンスとは何か?

人権デュー・ディリジェンス(人権DD)とは、企業が自社の事業活動およびサプライチェーン上の人権侵害リスク(強制労働、児童労働、差別、ハラスメントなど)を特定し、防止・軽減し、対処し、その取り組みを説明する一連のプロセスである(国連「ビジネスと人権に関する指導原則」原則17〜21より)。

企業活動に関連する人権リスクは3つに分類される:

  • 自社が直接引き起こすもの
  • 取引を通じて促す(contribute)もの
  • 事業・製品・サービスに関連するもの

どのリスクの優先度が高いかを判断し、対応策を講じることが人権DDの出発点となる。

そして近年の重要な変化として、人権DDを取り巻く規制が、「開示」から「実行」へと移りつつある。これまで、リスクの有無を報告することで十分だったが、近年ではリスクの特定だけではなくその対処、防止の義務づけ、そしてそれを怠れば結果が問われるアプローチへと変わった。この変化が、2026年とそれ以降の動向を読み解く鍵となる。

なぜ企業による人権DDは始まったのか?

人権DDの普遍化は数十年に及ぶプロセスである。1990年代にサプライチェーンのグローバル化とともに、アパレル業界を中心に多国籍企業による人権侵害が相次いで告発された。国連は2003年、企業に国家並みの義務を課す「規範」の策定を試みたが頓挫し、2011年6月には「ビジネスと人権に関する指導原則」が国連人権理事会で全会一致により支持された。

この指導原則において、人権DDは企業の人権尊重責任を果たす中核的なプロセスとして定式化されたが、法的拘束力はなく、その実施は各国の自主的な取組に委ねられた。

日本における人権DDのこれまでの経緯とは?

日本はこのような国際動向を踏まえ、国内の政策と自主的枠組みで人権DDを促進した。具体的には、2016年に国別行動計画(National Action Plan, NAP)の策定を決定し、2020年10月に「ビジネスと人権」に関する行動計画を公表、2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂で人権の尊重が明記され、2022年9月には経済産業省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定した。

ここで押さえたいのは、国内では2020年以前も以降も、人権DDの実施を企業に義務付けられていない点だ。経産省ガイドラインも法的拘束力を持たない自主的枠組みであり、国内担保は一貫してソフトローである。

次に、今後の人権DDの制度化に備えるために、人権DDの国内外における近年の進捗と実務において意識すべきポイントを解説する。

2026年に注目したい人権DDの規制動向とは?

海外動向①:EUのCSDDDはオムニバスによって確定

欧州の人権と環境の両方の負の影響を対象とする複合的な企業サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令(CSDDD)をめぐっては、近年、合意形成の難航が続いていた。2024年7月に一度発効したものの、規制簡素化を掲げる「オムニバス」パッケージによる大幅な見直しを経て、2026年に入りようやく内容が固まった。改正EU指令(2026/470)は2026年2月26日に官報に掲載され、3月に発効している。

確定した内容は、以下のとおり、当初案から大きく後退したものとなった:

・適用対象は従業員5,000人超かつ全世界売上高15億ユーロ超の企業

・個々の取引先を網羅的に調べる方式から、リスクの高い領域を絞り込んで対応する「スコーピング」中心の方式へ

なお、対象企業数はオムニバス前の想定から大きく減少するとみられる。加盟国による国内法制化の期限は2028年7月26日、企業への適用開始は2029年7月26日に統一された。

「義務化そのものは確定したが、対象範囲は絞られ、義務の水準は緩和された」というのが、2026年半ば時点での到達点だ。

海外動向②:動き出したアジアの人権DD厳格化

CSDDDの確定を待つまでもなく、欧米中心だった人権DD厳格化の動きは、日本企業のサプライチェーンが集中するアジアにも広がりつつある。

(韓国)2025年6月、人権・環境DDの義務化、取締役会レベルの監督、罰則・民事責任を含む法案が国会に再提出された。成立すれば、法律としてはアジア初の人権DD義務化法となる見通しだが、現時点では成立に至っていない。

(タイ)2025年7月に法務省が「責任ある企業行動促進法」の草案を公表し、9月には第2次草案が回付されたものの、正式な立法プロセスにはまだ入っていない。いずれも法案・草案の段階に過ぎないが、生産拠点を抱える日本企業にとっては注視すべき初動と言える。

(台湾)法律ではなく行政主導の枠組みという形で、いち早く実施段階に入ったのが台湾である。経済部が策定した「台湾企業サプライチェーン人権尊重方案」により、年間売上高500億台湾ドル以上の上場製造業を第一弾の対象として、2026年から人権DDの実施が求められ、2027年からはサステナビリティ報告書での開示対象に組み込まれる予定だ。対象となるのは台湾を代表する約80社とされる。注目したいのは、この基準がEUのCSDDDにおける当初の適用基準である15億ユーロ(約515億台湾ドル)を参照して設定された点である。欧州の規制設計がアジアの制度に直接影響を及ぼしている一例と言える。

日本動向:義務化への圧力は強まっているのか?

日本国内でも近年、人権DDのあり方が変わってきている。前述した国連のビジネスと人権に関する指導原則に基づく訪日調査(日本政府・企業による人権への取り組み状況や課題を調査)の報告書が2024年に公表され、日本政府に人権DDを義務づける法律の早期制定が求められた。

また、2025年12月に日本の「ビジネスと人権」に 関する行動計画(前述の国別行動計画)の改定版が公表され、2026年度から新たな計画が始動している。この改定版では、「海外で事業を展開する日本企業や海外と取引のある企業の間では、欧米諸国で進む人権 DD の 実施や情報開示を義務化する法制度への対応等が急がれている」点が指摘され、ステークホルダーとの意味のあるエンゲージメントを含め、さらなる取組への期待が示された。もっとも、改定版も企業への期待を示すにとどまり、法的義務化には踏み込んでいない。

>>>関連するホワイトペーパー:最新動向 人権デュー・ディリジェンス



他方、欧州のCSDDDの影響を受けている日本企業も少なくない。ジェトロが欧州進出日系企業を対象に実施した調査によると、回答企業(707社)のうち37.2%が人権DDを実施していると回答した。この比率は大企業で41.1%、中小企業で21.7%と、企業規模による差が大きい。

実施には至っていないが対応を検討している、または情報収集を行っている企業を合わせると4割近くの企業が何らかの形で対応に動いていることになる。実施・検討の理由としては、本社やグループ全体の方針・指示を挙げた企業が70.3%と最多で、欧州の法令遵守を挙げた企業も46.5%にのぼった。

また、同ジェトロの調査は、日本本社側の実施状況も明らかにしている。人権DDの実施比率は、2022年度・2023年度は1割前後で伸び悩んでいたが、2024年度には16.4%まで上昇した。それでも欧州拠点の37.2%と比べればなお低い水準にとどまっており、規制の最前線に立つ欧州拠点が先行し、本社側の対応がこれを追いかける構図がうかがえる。

国内外の変化動向を並べると、変化の中身は一様ではない。EUでは規制が不確実な段階を抜けて確定したが、その内容は当初案から後退した。アジアでは義務化の動きがようやく立ち上がり始めたばかりで、成立にはまだ至っていない。そして日本では、国連からの外圧は強まる一方、国内の担保は改定後もソフトローの枠内にとどまっている。

人権DDの実務では何を意識すべきか?

最後に、実務の各作業フローに今年の動向を紐づけた対応ポイントを下表で整理する。

作業ステップ対応実務ポイント 
※国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の解釈ガイドを国連開発計画(UNDP)が編集した「HRDD Interpretive Guide」(解釈ガイド)を参考にESG Journal作成
情報収集規制対応の重心は「網羅的調査」から「リスクベースのスコーピング」へ
Tier1だけでなく、多層のサプライチェーンの中からリスクが集中する領域を特定することが重要
リスク特定の手法(監査だけに依存しない情報収集が求められる)
・企業による正式な人権・環境アセスメント
・苦情処理メカニズム(通報制度など)の有無
・報道・専門家レポートNGOによる調査・キャンペーン
※これらを継続的なプロセスとして組み合わせることが推奨されている(UNGP解釈ガイドQ37)
先進企業では「絞り込み+多面的な情報源」を実践
・国・地域ごとの固有リスクを踏まえた独自の監査項目を設計
・リスクベースで重点領域を設定するアプローチの一例
現場情報を補完する情報源の活用も重要
・労働組合
・GFA(国際枠組み協定)のネットワーク
・監査だけでは把握しにくい現場のリスク情報を収集できる可能性がある
リスク評価・優先順位づけ深刻度は発生確率の低さで相殺されない
・発生確率が低くても深刻度(影響の規模・範囲・是正困難性)が高い影響は、確率の低さによって優先度を下げられない(解釈ガイドQ37より引用)
・通常のリスク評価のように発生確率と深刻度を同等に扱う手法とは前提が異なる
費用便益分析にはなじまない
対応コストと放置コストを天秤にかける単純な費用便益分析で「対応するか否か」を判断する性質のものではないと明記されている(解釈ガイドQ37より引用)
今年の実務上のポイント
優先順位づけの根拠の文書化
指標・目標設定定量指標への偏重という落とし穴
日本企業は集計しやすい定量指標に偏りがちである
定性指標が常に必要とされる理由
・人権の尊重は「人の尊厳」に関わるものであり、影響を受ける当事者の視点を含む定性指標が常に重要とされる(解釈ガイドQ51より引用)
・定量指標の解釈には定性指標が不可欠(解釈ガイドQ51より引用)
・例:「労働安全の違反報告件数が減少」という数値だけでは、実際に事故が減ったのか、報告制度への不信や報復を恐れた萎縮によるものか判別できない(解釈ガイドQ51より引用)
属性別に追える指標設計
規模の大きい企業やリスクの高い企業では、女性・男性、脆弱な集団それぞれへの影響を分けて追える指標を組み込むことが重要(解釈ガイドQ51より引用)
取締役会向けKPIへの示唆
「定量に定性を添える」設計にしておくと、数字の背後にある実態を経営が誤読するリスクを抑えられると想定できる
取り組み検討取引解消か継続かを判断する意思決定マトリクス
人権DD解釈ガイドは「取引関係が自社にとって不可欠か×自社にレバレッジがあるか」の2軸4象限で整理する意思決定マトリクスを提示している
実務上のポイント
・取引解消の判断は代替調達先の有無や影響の深刻度にも左右される
・主要取引先について事前にこの枠組みで整理しておくと、実際に問題が起きた際の対応が速くなる
・詳細な基準は「解釈ガイド」15ページの図表を参照
開示オムニバスによる簡素化の実務上の意味
報告要件は簡素化されたが、日本企業にとっては「報告書の分量が減る」ことを意味しない
日本企業は情報提供を求められる側に回る
EUの大企業を取引先に持つ日本企業は、その取引先がバリューチェーン上の人権リスクを説明する責任を負う以上、情報提供を求められる立場になる点に留意したい
VSMEが事実上の下敷きに
EUが中小企業の負担軽減のために策定した任意の簡易基準VSMEが、取引先からの情報要請項目の事実上の下敷きになりつつある
実務への示唆
自社が国内サプライヤーに求める項目を設計する際も、この動きを踏まえて要請フォーマットを整えておくと、二重の情報要請の負担を抑えられると想定できる

まとめ

2026年、人権DDをめぐる規制は流動的な局面を越えた。ただしその中身は 地域によって異なり、EUが確定に至った一方、アジアの義務化はまだ入り 口にあり、日本の担保はソフトローの枠内にとどまっている。EU域内での 適用は2029年、国内法化は2028年と、日本企業には一見まだ猶予があるよ うに映る。しかし、ファストリの監査厳格化が示すように、取引先を経由 した間接的な影響はすでに始まっている。残された時間を、リスクの絞り 込み、指標設計の見直し、救済メカニズムの点検、そして情報要請への備 えにどう使うか。それが今年の問いである。この分野の動向を、引き続き 追い続けたい。

参考情報:
European Commission: Corporate sustainability due diligence国連「ビジネスと人権に関する指導原則」UNDP: Human Rights Due Diligence: An Interpretive Guide外務省「ビジネスと人権」に関する行動計画(改定版)ジェトロ「EUで人権デュー・ディリジェンス義務化(1)日本企業の対応は?」日本経済新聞「ファストリ、取引先の違法就労厳しく監査 700工場で欧州規制対応」



<執筆者

マルティネス リリアナ(ESGJournalスペシャリストライター)
サステナビリティ学修士。シンクタンクにて、海洋・大気環境分野を中心とした環境政策・制度検討支援(調査・分析)に従事。また、国際海事機関(IMO)における海洋環境関連条約の技術・政策議論にTechnical Advisorとして参画した経験を持つ。その後、 Big4 ファームにて、気候変動、ネイチャー課題を中心とした企業向けアドバイザリー業務に従事。現在は 非財務情報開示フレームワークからサステナビリティを巡る国際動向まで、企業実務の視点からオリジナル解説およびホワイトペーパーを執筆。

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